悪口、陰口が好きな人がいる。
会話を交えせば、必ず
「 彼にはだらしないところがある。
きっと女性問題を失脚するよ 」
「 あいつの営業力じゃ、
成績なんか上がりっこない 」
などと他人をおとしめる
フレーズが登場する手合いだ。
当人は「それに比べて自分は….」と
すぐれた自分、素晴らしい自分を、
アピールしているつもりかもしれないが
そうは問屋がおろさない。
この種の人々に下される評価は、
「 誰の悪口を言うかわからない、
信頼のおけないヤツ 」
というものだからだ。
そう、悪口は他人をおとしめるのではなく
実は自分をおとしめるのである。
悪口の背景にあるのは多くの場合、劣等感だ
モテない自分を感じているから
モテる人を「 だらしない 」
と批判してバランスを保つ。
営業力のなさがわかっているから
誰かを自分より下だとけなすことで
自己満足にひたるのである。
しかし、いくら声高に叫ぼうと、
モテない自分、仕事ができない自分は
変わらない。
周囲から人が離れていくだけである。
悪口を言ってみずから疲れる愚はやめよう。
無意識に、人を傷つけてしまっていることがある。
なにげないひと言が、相手のプライドにグサリ
と突き刺さったりするケースだ。
もっとも典型的なのが、
子どもが叱咤激励するつもりの
「 しっかり勉強しないと
お父さんみたいになっちゃうわよ 」
という言い草だろう。
槍玉にあげられたお父さんは、たまらない。
奥方に悪意はないのかもしれない。
ちょっとしたもののたとえに、
お父さんを拝借しただけということなのだろう。
しかし、お父さんのプライドは粉々に砕か散り、
さらには、父子関係にも確実にヒビが入る。
だが、これはほんの一例だ。
ビジネス場面でも友人関係でも、
恋人同士の間でも、
プライドを傷つけるなにげない一言を
発していることは少なくないのである。
受け取る相手の立場になって、
自分の言葉を検証してみる。
そんな姿勢はいい関係、よりよい
コミュニケーションの礎になるのである。
【出典】斎藤茂太
(心をリセットしたいときに読む本)